宮澤秀巖

語録集「読書万巻」

語録集

故宮澤秀巖先生が遺したお弟子様への師事語録の一部。
美術品、芸術品の定義。書の次元の完成。現代日本において失われた教養への警鐘など、
秀巖先生の書に対する探究・究明の姿勢が窺えます。

「読書万巻」

先人は退筆山積すれど敢えて珍しきに有らず、読書万巻始めて神に通ず、と己に鞭を打ち勉学す。孔丘子は詩経の究明に其の思想の根元を有し仁を基とす。達磨は九年の面壁の行、永平道元は禅に悟の道を求め、生涯を掛ける。読書万巻仁悟を学び、其の知を以て智となし、哲の領域に修し、其の知を生かす。学びて止まずの精神を以て実践する。之人たる者の求道。

知を有する者多けれど、智有る者少なし。知は人が与え、智は神が与える。知無き者の慾は軽少なるも、知有る者の慾は甚大なる事を知らねばならぬ。争いはすべて知有る者の自己中心の欲望に據って起こる。他を否定し自己の主張を屁理屈を以ても肯定正当化しようとする。真実実際道理に適わなくとも、自己の主張を肯定正当化す。之が知者の姿で有る。

智者から見れば知者は愚者なるも、愚者には自己の愚が解らない。故に貪瞋痴を好む。神仏は尤も之を戒しむる三毒で、経典にも害身と示さる。知者には通じない。特に為政者に通じない。生きて行く上に於いては貪瞋痴も時と場合に據っては必要かも知れん。而し之には限界が有る。愚者は其の限界を知らない。悪人の心は矯正出来るも、愚者は矯正出来ない。愚人には学問と云う薬は通用しない。悪人は学問をすると、より以上に危険な途に這入らんとする。高度化した武器を以て争う。為政者は賄賂、詐欺的行為に據って自己の地位の獲得に明け暮れる。政治屋のみに有らず、有らゆる分野に於いて之が常道化され行く。智無き知者の心す可き点で有る。

少々横道に逸れ、口長舌と化するも、仁悟の求道の界に、真の芸術品が生まれ、真に心の書が生まれる。心剛なれば剛の書を書き、柔なれば柔の書を書く。がさつの人はがさつの書を書き、小心なれば其の書は萎縮する。温厚なれば其の書直を為す。尤も斎むるは無軌道の書。六書は中国三千年の生活文化の実態と思想を示す。構成上に於いては分間布白和を基とし、仁をも含む。此の歴史を知として識り、智として生かす。此処に書を学ぶ意義も含まるもの。書道には仁悟覚無きものは生命有る不滅の書(有芸術値)にはならない。

書のみに有らずすべて美術品は技を以て和の完壁を計り芸術品は幽妙覚の界を、心眼を養いて創る(形而上学的上に於ける哲学的概念を越す)此処に知解と理解の問題が要求さるもので有ると云う事を深く心に銘記せねばならない。

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